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菜食主義

菜食主義は間違っている。しかし正しくもある。

勘違いしてはいけない。
動物を食べるより、殺さないで植物を食べる。

もっともであるように思えるがしかし

事実は、植物は痛みを感じるそして苦しむ。
そして踏まれれば痛いと感じる。

植物には植物の心がある。
大根が並んでいる、それはまだ生きている。
生きている大根をそのまま切り刻む

大根は痛みを感じる。

肉を食べる
植物を食べる
魚を食べる
虫を食べる

それは全て等しい。

私は動物を食べないんだからやさしいのよね

と思うとする

完全に過ちである。

いただきますの意味とは命を頂くという意味だ。
野菜は殺さないでヘルシーという考えや健康にいいだけ。
という短絡的な思考が一番の問題である。

人が歩くだけで昆虫や微生物が大量に死ぬ。
人は生きるだけで罪を犯している
しかしそれは罪ではない。
命たるもの他のものを犠牲にして生きるということ
肉、野菜、全てのものに感謝する。

それを忘れたものエゴに溺れたもの
ビーガン、菜食主義
くだらない言葉が生まれる。

これらを戦争に例えるなら
私は槍兵を殺すけど!重装甲兵は殺さないんだからね!
ということだ。どちらも人である。
ビーガンはよりくだらない。
私は長槍兵を殺すのは絶対に許せない、でも槍兵がまざってたら殺す。

自己顕示欲のためだけに、命の平等さと犠牲の部分を無視し優越感に浸る。
ただの自己満足は本質的な理解力がない。
戦争で言うとどれも人殺しだ。そして問題なのが
野菜は命ではないと考えるところ。
痛みがないと決めつけるところ。
喋れない物、それに心や痛みがないと思い込むこと。

感謝がない、犠牲を理解することがない。
食事とは命をいただくものということを考えることが大切である。

何を食べて良くて駄目とか、そういうことではない
生きるために人は何かを食べる、そこに必ず犠牲がある。その犠牲は全て平等な犠牲である。

全ての食事に常に本質的な理解でを感謝する。