人種差別とは、人種的な偏見によって、ある人種を不平等に扱うことです。人種差別は世界中で問題となっており、歴史的にも様々な形で発生してきました。最近では、新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、東アジア系の人々に対する排外感情や差別が増えているという報告もあります。人種差別は人権を侵害する行為であり、国際的にも撤廃するための条約が存在します。
しかし、人種差別はなぜ起こるのでしょうか?どのような影響を及ぼしているのでしょうか?この記事では、世界で起こっている人種差別の事例や原因について紹介します。
世界に広がる人種差別とは
世界では今日も人種を理由とした差別が起こっています。年齢や性別を問わずに行われるその差別は根深く広がり、自己と違うという偏見から差別を続けることも少なくありません。自分とは異なるものを受け入れられないことによる不平等は、国や人々の間で起こります。
差別の歴史は帝国主義による植民地支配が広がる以前からありました。紛争などの原因になることもしばしばあり、アフリカやアジアだけでなく、アメリカやヨーロッパといった先進国でも起こっており世界中で問題として取り上げられています。
これは日本でも例外ではありません。差別に疎いと評される日本人も海外から日本に移り住んできた人への差別だけでなく、北海道に古くから住んでいたアイヌ民族や江戸時代に存在した穢多(えた)・非人(ひにん)への差別意識が残っています。
ヨーロッパでの人種差別
ヨーロッパでは特にサッカーにおける人種差別が顕在し、その中でもサッカーの歴史の中には人種差別による問題がしばしば見られました。特にヨーロッパではサッカーが盛んであり、大小様々なプロリーグの中で、それぞれの国から集まった高いレベルと人気を誇るプレイヤーが戦っています。
しかし栄光が煌く影には、兼ねてからある人種差別が見え隠れしていました。それまでは大きな問題になることはなかったものの、1995年の「ボスマン判決」によって、ヨーロッパの各リーグやクラブチームの姿勢を大きく変えることになりました。
この判決内容自体は画期的であり、EU(欧州連合)内のプロ選手は、所属するチームとの契約満了と同時に自由な移籍が可能となりましたが、これが後に人種差別を広げる要因にもなりました。
特に多いのはサポーターによる選手への人種差別を交えた応援や野次です。それは試合中だけでなく、日常生活においてもSNSの発展により、選手に多くの侮辱的メッセージが届くようになった事例も報告されています。
また互いに切磋琢磨し、技量をぶつけ合い高め合うはずの選手間でも、エスカレートしたことにより、試合中に侮辱発言やジェスチャーをするといった人種差別も発生しました。
アメリカ同様に白人が多くを占めるヨーロッパでは、有色人種、特に黒人への差別行為が目立っており、ユダヤ人や日本人の選手に対しても行われることがありました。
それまでも燻っていた人種差別は、ボスマン判決による自由な移籍により、一気に広がることとなりました。もちろんこのような人種差別の横行に対して、行為そのものを撲滅するための取り組みも行われました。
その一例として挙がるのが1998年に開かれたワールドカップです。この大会では、それまでアパルトヘイトという人種隔離政策が続いたことで国際的な非難を受け、国際大会の参加資格を得られなかった南アフリカがはじめてナショナルチームとして参加できた大会となりました。
しかしその一方で、同大会中にフランス代表の選手が、相手チームの選手に人種差別要素が入っていると推察される挑発を受けたことにより、試合中に頭突きによる報復をしたことで退場するという事件がありました。
このような衝撃的な事件もあり、2006年にはワールドカップの一つのテーマとして、「Say no to racism(人種差別にノーを)」が掲げられています。ヨーロッパでは特にサッカーにおける不安は、社会の歪や不安定さにも直結することから、サッカー連盟や、各リーグ、各クラブチームによる人種差別撲滅との戦いが続いています。
アフリカでの人種差別
アフリカでは植民地支配や奴隷貿易の歴史から白人やアラブ人への人種差別が根強く残っています。特に南アフリカでは、1948年から1994年までアパルトヘイトという白人優位の人種隔離政策が敷かれており、黒人や有色人種は政治的、経済的、社会的に多くの不利益を被りました。この政策は国際的に非難され、ネルソン・マンデラらの抵抗運動によって終わりを迎えましたが、その後も人種間の対立や暴力は続いています。
また、アフリカでは黒人同士でも民族差別が起こっており、紛争や虐殺の原因になっています。例えばルワンダでは、1994年にフツ族とツチ族との間で大量虐殺が発生しました。この虐殺は旧宗主国であるベルギーが民族分類を導入したことや、植民地時代にツチ族を優遇したことなどが背景にあります。この虐殺では約80万人が死亡し、国際社会は遅れた対応に批判されました。
このようにアフリカでは様々な形で人種差別が存在しており、平和や発展の障害となっています。
人種差別が起こる原因とは
人種差別が起こる原因は一概には言えませんが、いくつかの要因が考えられます。その中でも代表的なものは以下の通りです。
- 歴史的な経緯:植民地支配や奴隷貿易などの歴史的な経緯によって、ある人種が他の人種よりも優位であるという観念が形成されたり、ある人種が他の人種に対して恨みや恐怖を抱いたりすることがあります。
- 経済的な格差:経済的な格差によって、ある人種が他の人種よりも貧困や不安定な状況に置かれたり、ある人種が他の人種から利益を得たりすることがあります。これによって、ある人種が他の人種を軽視したり、ある人種が他の人種を敵視したりすることがあります。
- 社会的な偏見:社会的な偏見によって、ある人種が他の人種と異なる文化や習慣を持つことを理解しなかったり、尊重しなかったりすることがあります。これによって、ある人種が他の人種を排除したり、攻撃したりすることがあります。
- 心理的な防衛:心理的な防衛によって、ある人種が自分自身や自分の集団のアイデンティティを保つために、他の人種と区別したり、対立したりすることがあります。これによって、ある人種が他の人種を劣ったものとみなしたり、威嚇したりすることがあります。
これらの要因は相互に影響し合い、人種差別を生み出したり、悪化させたりすることがあります。人種差別は個人や集団の間だけでなく、国家や組織の間でも起こることがあります。
人種差別を世界から撤廃するための条約
人種差別は人権を侵害する行為であり、世界から撤廃するためには国際的な協力が必要です。そのために、国際連合やその関連機関は、人種差別を禁止する条約や宣言を採択しています。その中でも代表的なものは以下の通りです。
- 人種差別撤廃条約:1965年に採択された条約で、人種差別を定義し、禁止し、撤廃するための措置を定めています。現在までに182カ国が批准しています。
- 人種差別撤廃委員会:人種差別撤廃条約に基づいて設置された専門家委員会で、締約国の報告書を審査したり、個人や集団からの苦情を受け付けたりしています。
- 世界人権宣言:1948年に採択された宣言で、すべての人間は生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等であると宣言しています。また、第2条では、あらゆる種類の差別を禁止しています。
- 国際人権規約:1966年に採択された二つの規約で、市民的及び政治的権利に関する国際規約と経済的社会的及び文化的権利に関する国際規約からなります。両規約とも第2条で人種差別を禁止しています。
- 世界人種差別撤廃会議:2001年に南アフリカで開催された会議で、人種差別や排外主義や関連する不寛容の現状や原因や影響について議論し、対策や行動計画を策定しました。
これらの条約や宣言は、国際社会が人種差別に対してどのような姿勢をとるべきかを示すものですが、それだけでは十分ではありません。各国政府や市民社会や個人がそれぞれの立場で責任を持って行動することが必要です。
日本国内の人種差別への法整備
日本は1969年に人種差別撤廃条約を批准しましたが、その後も日本国内ではアイヌ民族や外国人への人種差別が問題となっています。日本では現在までに人種差別を直接禁止する法律は制定されておらず、一部の法律で間接的に一部の法律で間接的に人種差別を禁止する規定がある程度です。例えば、憲法第14条は「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定しています。また、民法第90条は「公序良俗に反する目的をもつ行為は、その効力を有しない」と規定しており、人種差別的な契約や行為を無効とすることができます。
しかし、これらの法律は人種差別そのものを罰するものではなく、人種差別によって生じた損害や不利益に対して救済するものです。また、人種差別の被害者が自ら訴える必要がありますが、その際に証拠や費用などの問題が生じることもあります。
そのため、日本では人種差別を直接禁止し、予防や教育や啓発などの対策を講じるための法律が必要とされています。現在、国連人種差別撤廃委員会や国連人権理事会などからも日本に対して人種差別撤廃法の制定を勧告されています。
あらゆる形態の人種差別をなくすために
人種差別は人権を侵害するだけでなく、社会の安定や発展にも悪影響を及ぼします。人種差別をなくすためには、法律や制度だけでなく、個人や集団の意識や行動の変化が必要です。
そのためには、以下のようなことが大切です。
- 正しい知識や情報を得ること:人種差別は無知や偏見から生まれることが多いです。自分と異なる人種や文化について正しい知識や情報を得ることで、理解や尊重を深めることができます。
- 対話や交流をすること:人種差別は孤立や隔離から生まれることが多いです。自分と異なる人種や文化の人々と対話や交流をすることで、共感や信頼を築くことができます。
- 差別に反対すること:人種差別は沈黙や無関心から生まれることが多いです。自分自身や他者が人種差別の被害者になったり、加害者になったりしないように注意し、差別に反対する声を上げることができます。